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京都地方裁判所 平成11年(レ)77号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、金四九万一七一二円及びこれに対する平成一〇年五月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、補助参加によって生じたものを含めて、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一項1に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、五一万八二八〇円及びうち四七万八一二一円に対する平成一〇年五月三〇日から支払済みまで年29.2パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要〈省略〉

第三  当裁判所の判断

一  事実経過について

事実経過については、原判決七枚目裏一行目から九枚目表一一行目までのとおりであるから、これを引用する。

二  争点1(本件払出しによる金銭消費貸借契約の成否)について

右事実によれば、控訴人が主張する求償債権の原因となった貸金は、被控訴人の経営する「勘佐」から本件カードを盗取した第三者が、何らの権原なく本件カードを使用して、参加人提携金融機関の支払機から現金を引き出したことによって、参加人において、被控訴人との間に消費貸借契約が成立したと扱っていたものであり、被控訴人自らが本件払出しをしたものとはいえず、消費貸借契約としては不成立といわざるをえない。

よって、右に関する控訴人らの主張は理由がない。

三  争点2(民法四七八条類推適用の可否)について

参加人は、本件カードローン契約により、参加人には、右契約に基づく貸越極度額までは、即時出金の義務があることなどを理由に、本件払出しについては、民法四七八条を類推適用すべきであると主張するところ、預金残高を超える払出しは、本質的には貸付であり、弁済行為と同視することが相当か疑問がないわけではないが、貸越極度額までは自動的に貸付を行う義務があることからすれば、参加人の主張もあながち理由がないわけではない。しかし、本件カードローン契約には、民法四七八条を類推すべきであると主張する盗犯等による不当払出しの場合の責任について、本件免責特約①が定められているのであるから、参加人と被控訴人との間の法律関係はこの特約に規定されるというべきであり、一般規定である右条項を適用ないし類推適用する余地はない。

四  争点3(本件免責約款①に基づく控訴人の免責の可否)について

1  カードローン契約の内容と特質

本件カードローン契約は、契約で定められた取引期間内において、連結ざれた総合口座又は普通預金の残高がなくなった場合、顧客が参加人から貸与された本件カードを参加人の本支店に提示し、又は提携先金融機関の現金自動支払機等に差し込み、その際に暗証番号の照合による顧客の同一性の確認を行うことのみによって、直ちに貸越極度額の範囲で顧客の要求する現金を交付し、参加人と顧客との間で消費貸借契約を成立させることを内容とする当座貸越契約である。

カード契約者は、一旦審査を経てカードローン契約を締結すると、あらかじめ定められた期間(一~三年程度)は、個別の信用調査を経ることなく、いつでも自由に借入れができ、必要なときに、迅速に資金を得ることができる利益があり、銀行にとっても、窓口事務負担が軽減され、小口融資に迅速に対応することができるという利益があり、顧客、銀行双方にとってメリットがある。

2  本件免責約款①とカード契約者の帰責性の要否

(一) 控訴人らは、本件カードローン契約には、カードローン規定が適用され、本件払出しが被控訴人によるものでないとしても、本件免責約款①により、被控訴人は、その帰責性の有無に関わらず、債務を負担すると主張するので、以下、右のような本件カードローン契約の特質を前提として検討する。

(二) 先にみたように、本件カードローン契約は、顧客や参加人に簡易迅速な金融という相応の利益を与える反面、必然的に、カードの盗用等の不正な利用により損害が生じる恐れがあることから、取引上の紛争の防止のため、これらの危険により生じた損失の負担について参加人と顧客の間で約定する必要性がある。そこで定められているのが本件免責約款①であるが、同免責約款は、「カードまたは暗証につき……、盗用その他の事故があっても、そのために生じた損害については、当行……は責任を負いません。」と規定し、損害の負担者を明示していない。しかし、右規定を全体的に解釈すれば、右損害をカード契約者の負担とする趣旨であることは明らかである(その理由は、原判決九枚目裏一〇行目から一〇枚目裏五行目までのとおりであるから、これを引用する)。

(三) そして、前記のような危険のうち、カードの盗用等によって生じる危険の発生は、カードを顧客に貸与している参加人において、これを防止する手段が乏しいのに対して、顧客の側においては、カードの暗証番号の管理やカードの保管管理を適正に行うことにより比較的容易に防止しうるものであることからすれば、右危険により生じた損害を顧客に負担させることには、十分な合理性があるというべきである。もっとも、右合理性は、顧客の側で、カード及び暗証番号の管理を適正に行うべきであるのに、それを怠った場合において妥当するものであり、右管理を適正に行いながら、なお盗用等を防止し得ないものであった場合には、もはや右合理性を基礎付けるのは困難であり、顧客に無過失責任を負わせることは、相当ではないというべきである。

(四) そうすると、被控訴人は、本件カードが盗用されたことによる参加人の損害につき、少なくとも被控訴人に本件カードローン契約上求められるべき、暗証番号の設定・管理を含むカードの管理について注意義務違反がある場合には、本件免責約款①に基づき、右損害をてん補する契約上の義務を負っているものと解するのが相当と解する。

3  注意義務の内容と程度

(一) 本件カードは、その形状からして、適正な管理を怠ると紛失したり、盗難に遭う可能性が大きく、その場合には、不正な使用により参加人に貸越極度額五〇万円に見合う限度の損害を生じさせる危険性があるところ、その保管等は、ごうぎんキャッシュカードの裏面に「このカードは、他人に貸与または譲渡・質入れをすることはできません。」との記載があり、専ら被控訴人に委ねられていて、参加人の直接の管理が及ばない反面、被控訴人において適正な管理をすることは比較的容易である。

また、本件カードローン契約書(丙三)一八条五項二号には、「指定口座を解約する場合には、通帳及びカードを銀行に提出するものとします。」との規定があり、被控訴人は、参加人に対し、本件ローン契約の取引期間が延長されることなく満了した場合や、これが解約された場合には、本件カードの返却義務を負うことになる。

右のような関係からすれば、被控訴人は、本件カードローン契約上の付随的義務として、本件カードを適正に保管する義務を負っていると解するべきであり、その保管態様は、カードの性質も加味して、委任契約の受任者や有償寄託の受寄者の保管に類するものというべきであるから、被控訴人は、本件カードローン契約に基づき、本件カードの保管につき善管注意義務と同等の注意義務を負うと解するのが相当である。

そして、右注意義務違反が認められる場合には、本件免責約款①に基づき、本件カードが盗用されたことにより参加人に生じた損害をてん補する義務を負担することになると解するのが相当である。

(二) ところで、前記認定事実(原判決引用)によると、本件カードは参加人の支店統廃合という参加人の事情により送付され、被控訴人は、そもそも本件カードが「勘佐」に送付されていたことを知らず、結果として、暗証番号である誕生日が記載されている保険証と共に保管したことにより、本件盗難に遭い、控訴人から本件カードによるローン分を代位弁済した旨の通知をうけた平成一〇年三月ころに初めて本件カードの存在自体を知ったものである。

このように、参加人側の都合により、新カードが送付された場合、送付を受ける側としては、契約時に発行されるカードを送付されるのと異なり、送付されてくること自体を予期し得ないという側面があり、その点において、既に交付されたカードの存在を認識して使用・保管中に窃取されたり遺失した場合と異なる状況があり、その意味で金融機関としては、右に対する配慮も必要と解される。

以下、右の観点も考慮しながら、本件における被控訴人の注意義務違反(帰責性)の有無について検討する。

4  被控訴人の注意義務違反の有無

(一) 本件カードの送付経過

参加人は、平成七年二月二〇日、参加人大阪駅前支店が大阪支店に統合され、被控訴人が大阪支店において契約していた旧カードはATMで使用できなくなり、新カードを送付する必要が生じた。そのため、参加人は、右統廃合に先立ち、平成六年一一月ころ、右両支店が統廃合され、カードローンカード等を利用している顧客に対しては、平成七年二月二〇日までに新番号のカードを送り、同日以降、口座番号が大阪支店の新番号に変更すること等を記載した文書(丙一五)を顧客に封書にて送付している。

右文書の被控訴人に対する送付について、被控訴人は認識していないと主張しており、配達を証明するものはないが、参加人が現に新カードを被控訴人に送付していることからすれば、右文書も被控訴人に送付されていた可能性は高い。

そして、参加人は、同月七日ころ、被控訴人に、本件カードを統廃合の案内を記載した文書とともに、簡易書留により、被控訴人が送付先として希望していた「勘佐」に送付した。

(二) 被控訴人の本件カードの受取りと保管状況

前記認定事実(原判決引用)によれば、被控訴人は、書留郵便物については、被控訴人自身で受け取っていたものであるが、忙しいときには、中身を見ずに、そのまま店内カウンター内側の引き出し(三個あり、その中に雑多な書類や、古いメニュー等を入れていた。)に入れることが多かったことが認められ、本件カードについても、おそらく、被控訴人が中身を見ずに、したがって、本件カードが在中することを知らずに右引き出しに入れ、その後失念する等して二年余という長期間放置する事態になったものと推認される。

なお、被控訴人は、他のカード類については、肌身離さずポシェットに入れて所持していた。

(三) 暗証番号の解読の事情

前記認定(原判決引用)のとおり、被控訴人は、本件カードにつき、自己の生年月日の数字をそのまま用いた暗証番号を設定しており、本件カードが在中した書留郵便物を入れていた店内カウンター内側の三個の引き出しのいずれかに有効期限の過ぎた健康保険証を入れており、右郵便物と保険証が共に盗まれた結果、暗証番号を推測され、本件払出しに至ったものである。

(四) 評価

以上の事実をもとに被控訴人の帰責性を判断するに、

第一に、本件カードの送付に関してみれば、① 参加人は、統廃合の連絡文書を事前に送付し、旧カードから新カードへ切り替えられることと新カードを送付する時期を告知していること、② 右事前連絡が被控訴人に到達している可能性は高く、少なくとも参加人がそのように理解したとしても特に非難はできないこと、③ 参加人は、その上で簡易書留の方法で本件カードを送付していること、④ 簡易書留によれば、本人に到達することが比較的確保されているといえること(本件の場合も本人自身が受領している。)、⑤ カードを簡易書留で送付する方法及び送付後に着信の確認までしていないことは、現在、他の金融機関においても概ね同様であること(当事者間に争いがない)、⑥ 右の各事実からすれば、参加人側の事情による新カードの送付とはいえ、金融機関としてなすべき相応の手段を尽くしているといえること、

第二に、本件カードの保管について、① 被控訴人は、平成七年二月ころ、本件カードの在中した簡易書留郵便物を受け取っていること、② 封書の外形上、自分の取引先銀行からの郵便物であると容易に判明すること(しかも、カード送付の際には、通常の連絡文書より厚みもある。)、③ 書留郵便物には重要書類等が在中しているのが通常であり、自営業を営み、銀行取引等を行っていた被控訴人において、そのような理解を妨げる事情がないこと、④ 受け取ってすぐに開封しなかったのは、店が忙しくて余裕がなかったとしても、時間を見つけて開封し、内容物を確認することは極めて容易であること、⑤ 受領後長期間にわたって内容を覚知できない特段の事情もないにもかかわらず、二年間以上も開封せずに引き出し内に放置していたこと、⑥ 右のような事情からすれば、書留郵便物を自ら受領していることに照らし、その管理が極めて不注意であると批判されてもやむをえないところであること、

第三に、暗証番号の設定と管理について、① 暗証番号に生年月日を使用することの危険性は一般に知られた事実であること、② にもかかわらず、世上、そのような暗証番号を設定する例が少なくないことからすれば、それのみで過失があるとまではいえないとしても、その場合は、生年月日を察知されない注意が欠かせないこと、③ 本件カードの存在を知らなかった結果ではあるが、生年月日の記載された健康保険証を本件カードと同一ないし極めて近い場所に置いていたこと、① それが本件カードの暗証番号を解読される重要な原因となったと考えられること、⑤ 右のような暗証番号の設定と管理が相まって本件払出しを可能としたものであり、その点において、被控訴人の落ち度を否定することは困難であること、

第四に、その余の被控訴人主張に関する事情についてみるに、① 被控訴人は、本件カードを送付したことを電話等で直接確認すべきであると主張するところ、参加人側の事情で新カードを送付するようになったことからすれば、念には念を入れる意味でそのような措置が望ましいとはいえても、書留郵便の一般的な取り扱われ方及び現に被控訴人が受領していることからすれば、そこまでの措置を取らなかったことを参加人側の落ち度とまで評価することは相当でないこと、② 本件カード等が盗まれた際、「勘佐」の表電動シャッターを施錠していて、戸締まりに遺漏があったといえない点は、評価すべきことではあるが、夜間無人になる店舗の場合、居宅等に比較して侵入盗など店舗を荒らされる危険性が高く、長期間に亘って貴重品を放置しておくことは、そのような被害に遭う危険性を高めているというべきであり、施錠していたことだけで、全ての責任を否定する程の根拠とまではいいがたいこと、以上に検討した諸点からすれば、被控訴人には、一般に期待されるべき善管注意義務のレベルに照らして、本件カードの保管につき、注意義務違反があったと評価せざるを得ないというべきである。

五  争点4(被控訴人の債務の範囲)について

1  参加人に生じた損害額について

本件免責約款①は、本件カードの盗用等により参加人に生じた損害について、被控訴人がその損害をてん補する契約上の債務を負うことを認めた規定であるところ、前示認定事実によれば、本件において参加人に生じた損害は、平成九年五月三一日に支払機から引き出された現金四六万八〇〇〇円とその際に発生した手数料相当額四二〇円の合計四六万八四二〇円であると認めることができる。

そして、本件免責約款①が適用され、参加人が免責される場合でも、右盗用による貸金の成立を被控訴人と参加人との間で擬制するものではないから、本件免責約款①にいう「損害」とは、参加人の第三者に対する不法行為に基づく損害賠償請求権をいうと解するのが相当である。

そうすると、本件では、代位弁済した時点までに生じた損害につき年五分の割合による遅延損害金が発生するにすぎない。

したがって、本件では、本件払出しがなされた平成九年五月三一日から控訴人が代位弁済した平成一〇年五月二九日の前日まで、年五分の割合による遅延損害金が発生するところ、その額は四九万一七一二円(円未満切り捨て)となる。

468,420×(1+0.05×363÷365)=491,712

2  代位弁済後の遅延損害金について

控訴人が、被控訴人のために、参加人との間で締結した保証契約の保証債務には、本件免責約款①により生じる契約上の債務も含まれると解されるところ、控訴人の代位弁済後の遅延損害金の利率は、控訴人が株式会社であり、控訴人が右保証契約を締結し、同契約に基づき代位弁済したこと、右保証契約は、控訴人の商行為によって行われ、控訴人の代位弁済も商行為であることからして、代位弁済後の遅延損害金の利率は、商事法定利率年六分とするのが相当である。

六  結語

以上の次第で、本件免責約款②について検討するまでもなく、参加人は、本件免責約款①により免責され、被控訴人が本件払出しによって被った損害を負担する義務があるところ、代位弁済した控訴人は、主文に掲げた範囲内で被控訴人に求償請求でき、右範囲内について控訴は一部理由がある。

よって、原判決を変更し、主文のとおり判決する。

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